河村勇輝【バスケ】のミニバス時代の練習法は?シュートメニューがヤバい!

      2020/02/09

バスケの川村勇輝選手(18)が激熱ですね!福岡第一高校でウインターカップの2連覇を成し遂げた高校ナンバーワンガード。それだけでもすごいんですが、この河村選手、バスケのプロリーグB1リーグと契約すると、デビュー戦で8得点、3アシスト、2戦目で21得点をあげる大活躍。まだ高校卒業していないんですよ。とにかくバスケ界に嵐を呼んでいるんです。
 
天才的なプレーをする河村勇輝選手ですが、その練習量はハンパなく、まさに努力を重ねてきた結果が今の川村選手です。彼のミニバス時代の練習方法を調べてみました。
 

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ドイツで育った幼少時代で人見知りしない性格に

 
河村勇輝君は2001年に山口県柳井市で生まれましたが、生まれてすぐに英語教師であるお父さん吉一さんの仕事でドイツに渡り、3歳までドイツで過ごしました。
 
自宅ではホームパーティーが開かれ、ドイツやいろんな国の人たちと触れ合ったそうです。このころの経験が、今の川村選手の誰とでもオープンに接することができる性格を形作ったとお父さんの吉一さんは考えているそうです。
 
河村勇輝君は帰国子女だったんですね。それにしてもお父さんが英語教師という事は河村君もすでに英語話せそうですよね。将来、NBAに行っても言葉の壁はクリアしてるじゃないですか。
 
河村勇輝 ミニバス
 

ミニバス時代の想像を絶するシュート練習

 
帰国後、河村君がバスケを始めたのは経験者であるお父さんの影響がやはり大きかったみたいですね。小学校1年生の時に吉一さんが自宅の庭にバスケットゴールを設置。部屋の中にはおもちゃのゴールを2つ設置。
父と息子は毎日毎日夢中になって2つのバスケットゴールで遊んだそうです。このとき吉一さんに教わったセンタープレーが今でも役に立っているそうですよ。
 
小学校2年生でスポーツ少年団のミニバスに入部してどんどんバスケにのめり込んでいく河村君。4年生でスタメンの司令塔に抜擢されます。柳井スポーツ少年団の森本コーチはこの時の川村選手を「プレーに独創性がありました。特にパスに関しては人にない感覚を持っていてそこに投げるか?と驚かされることが多々ありました」と語っています。
 
小4にしてもう天才の片りんをみせていたんですね。
 
試合に負けて悔しい思いをしたのをきっかけに毎日500本のシューティングをノルマにします。庭にはナイター照明がつけられ、夜も練習できるようになりました。試合で成果が出るようになり、5年生になるとさらにレベルを上げます。
 
シュート300本インしてから連続シューティングという練習メニューに取り組みこれを6年生まで続けました。文字にすると簡単ですが、この連続シューティングというのがすさまじいです。
 
①リング下シュート左右連続50本⇒②フリースロー連続10本⇒③ミドルシュート連続8本⇒④3Pシュート連続5本⇒②③④をもう1セット繰り返し⇒イスから飛び降りてのシュート連続7本⇒仕上げに②③④のシュートを2本ずつ計6本を連続⇒フリースロー連続10本⇒練習終了です。
 
プロでもここまでやりますかね?練習は裏切らないってここまでやれば言えますよね。実際、6年生の時はシュートは打てば入るという感覚だったそうです。
 

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毎晩NBAのビデオ鑑賞でイメージを強化

 
そのあとの日課が吉一さんの書斎で父のコレクションのNBAのビデオ鑑賞です。布団を敷いて眠りに落ちるまで、それこそビデオが擦り切れるまで観たそうです。
 
NBAのビデオは小学生の川村君の子守歌だったと吉一さんが言うくらいです。
 
マイケルジョーダンマジックジョンソンなどスター選手の膨大な映像は川村君の脳裏に焼き付いて、彼のプレーの基本となりました。
 
河村君は見ただけで実際同じように体を動かせちゃうそうなんですよ。
 
さらに実戦でのコートを俯瞰で見れるようなイメージが備わって、的確な動きとバスをだせるようになったんですね。
 
 
すさまじいまでのシュートの反復練習と、膨大なバスケ映像が天才いや努力の天才河村勇輝を作ったと言えると思いますね。

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